― 「剛性」という言葉が、エンジニアの感性を鈍らせた ―
次に開発したのがパフォーマンスダンパー(車体制振ダンパー)です。
ご自慢のREASを使って、とある限定車企画のプロト車のサスチューニングを進めていましたが、一向にOKが出ない。超高速域での車体が揺らぎ、サス自体が性能を発揮できない状態でした。普通ならばここで車体をしっかりさせる(補強とか補剛とかいいます)のですが、実際そうしてもむしろ悪さばかりが次々顔を出すばかりでした。
「これは何かが違うのではないか・・・」と、悩んでいると、「ポコッ」と音を立てるように「車体が揺らぐならダンパーを付ければいいんだ」と頭に浮かんだのでした。
さあ、どんなダンパーなら車体の極々微小な変位に減衰を効かせることができるのか。まずはゴム板を2枚のアルミ板ではさみ、それぞれの板を左右のサスタワーに固定する。ゴム板は粘弾性ゴムを使用するので、何らかの減衰力が車体の離れた2点間に作用するはず。
結果は、イメージした通り! いやな揺らぎは消え、これまで感じたことのない「しっかり」したステアリング応答がありながら、とても落ち着いている。「これで日本車はドイツ車に勝てる!」と思った瞬間でした。
その後ゴム板は、車体制振ダンパーの概念を証明することはできましたが、完全な性能を出すことはできず、製品としては不完全でした。最終的には、お得意のオイルダンパーを工夫して非常に高性能で定量的な管理ができる「パフォーマンスダンパー」が完成しました。
ところがそこからも苦労が続きます。
あまりに難解な理論に、周りがついてこないのです。
「動かないところにダンパーを付けてどうするのか」と振動の専門家が笑い。「そんなのただの棒だ」とも言われました。理屈を説明しても、それがどう作用するかを想像できない人々が大半でした。一生懸命説明したあげく、「つまり車体剛性をあげるのですね」と言われた時、ガクッとすると同時に、はたと気が付きました。
「剛性」って、きれいごとの言葉だなあ。何かすごく理想的で頼もしくてしっかりしていて、しかし、実際に車体剛性をいくらあげても、少しも「剛性」って感じがしないのは、いくら鉄板を厚くしても、溶接で鉄板を張り付けても、所詮ドラム缶。ガンガンたたけば響くというもの。今はやりのレーザー溶接でしっかり縫い合わせれば、「ガ~~~~~~ン」と、いつまでも響きます。
工学では、剛性は単位変形量を発生させるための付加力のこと。バネ定数であり、弾性係数の逆数。バネ性を示すのです。
つまり「剛性」という頼もしい言葉を使うことによって、エンジニアたちは何かを解決したり、レベルの高いもの(たとえば神格化されたドイツ車)に近づいたと勘違いしたのです(全員がそうではなく、大半が・・・)。
「剛体」という言葉はさらに悪い。
世の中に存在しないものを言葉にしてしまった。しかもそれを「剛性」と勘違いしてしまった。
当たり前ですが、工学で質点、バネ要素・・・、とくれば、減衰要素です。
自動車の車体には、減衰要素がなく、世界中のカーメーカーはひたすらバネ要素の最適化で100年以上も頑張ってきたのです。
それを変えた!
「剛性」という言葉(英語でもstiffnessやrigidity、elasticityではありません)の魔法から解かれたのです。
それは大袈裟にしても、「剛性」という言葉がいかにエンジニアの思考を停止させてきたか、お分かりになったことと思います。